ロックが似合う日本女性ボーカリストと言えば、どこかヤンチャしてきたようなルックスに、エモーショナルなボーカルを持つ相川七瀬が思い浮かぶ方も多いはず。大阪市東淀川区出身の彼女が1995年11月『夢見る少女じゃいられない』でオリコンチャート最高位12位、そして強烈な印象と認知度をいきなり高めることとなる以前、1990年に15歳で受けたソニー主催のオーディションでプロデューサーとなる織田哲郎との運命的な出会いがありました。
高校を中退しアルバイトをしながら稼いだ給料の半分はCD代につぎ込み、DREAMS COME TRUEやQUEENなどを聴きあさっている中で歌手を志すようになり、織田を頼って上京し、ボイストレーニングを行っていました。1stアルバム『Red』は現在までに270万枚を超えるメガヒットを記録し、NHK紅白歌合戦にも出場を果たしました。2003年からは新たなプロデューサーに岡野ハジメを迎え、JanneDaArcのyasuから『R-指定』の初提供を受けました。現在までに2子を出産しており、主婦や子育てする母親を対象とした育児雑誌などにも活動の幅を広げており、過激なカラーリングがトレードマークとも言えた髪も今は参観日に浮かないように黒にしています。